両者の意見が全く食い違っているパターンに思うこと

個人的に最近強く思っているのは、両者の意見が全面的に食い違っている場合のモヤモヤ感についてです。

 

僕はたまに友人から恋人関係の相談を受けることがあって、大体彼女側から「いかに彼氏が理不尽な対応をしてきたか」について聞かされることがあるのですが、確かにその彼女から聞かされる内容を鵜呑みにすると、その彼氏がいかに理不尽なのかが伝わってきます。

 

ただしここで「そうだよね/うんうん、君の言っている通りだよ」というような、いわゆる彼女が望んでいる回答をしたくない自分もいるわけです。

 

というのは、彼側の意見がまったく聞こえてこないという部分に、この場では彼女が絶対的な力を持っている考えてしまうことによって、それが気に入らないという自分の性格の悪さが滲み出ているのかもしれません。

 

個人的にはどちらの味方でもない第三者的な位置で発言しようと思っているつもりが、知らないうちに彼側に立っているのかもしれないという心配事が出てきました。

 

さて、これを前提に最近のきな臭い日韓事情へと突入していくわけですが。

 

日本が「レーダー照射された」という一方で、韓国は「それは貴国が威嚇飛行をしたからでしょ?」と返し、それに対して日本が「いや、威嚇飛行はしていない」と返し、それに対して韓国が「いいや、してきたね」という、小学生の低学年の頃によく見たようなやり取りが行われているようです。

 

僕がこの手の情報を仕入れる先はテレビのニュース番組やネットニュースなどによるものなのですが、大半の方の意見(日本側)が「もう国交断絶したら?」というものでした。

 

個人的にも「話の通じない相手とは無理に打ち解ける必要はない」と思う部分があるので、それに関しては世界平和を大きく掲げながらも一部例外として対応する事に対してなんら反論の余地はありません。

 

ただ「なんでこんなことが起きるの?」という興味はあります。

 

いじめ問題なんかが典型的なそれですが、やった方とやられた方に意見の食い違いが出るということは日常的にあるものの、それは感じ方や主観の問題であって、例えば「見た目をイジって笑いものにした/物を借りたつもりだったが破損させてしまった/軽い冗談のつもりで中傷した」などの事実は別にあるわけです。

 

今回のレーダー照射事件に関して言えば「そもそもレーダーを照射したのは事実なのか」という部分や「威嚇飛行の事実があったのか」などの根本的な部分に加え、仮にレーダー照射も威嚇飛行も事実だったと仮定した時に「そもそも威嚇飛行された報復的な意味合いを込めてのレーダー照射は許されるのか」などの疑問が浮かんできます。

 

ちゃんとした事実が分かればまだハッキリとした意見も述べられるのですが、威嚇飛行の定義などが分からないと何とも言えない部分ですし、もし通常飛行を「威嚇された」とイチャモンを付けてくるような国なら、もう仲良くする必要はないのでは?

 

ただし僕は「日本側が嘘をついていない確信もない」という、日本国民としては健全ではない考え方を持っているのも事実です。

 

僕らもニュース報道などで知らない間に政府に洗脳されているのではないかと思う時がありますし、何より公文書を偽造するような国なわけですから。

 

韓国が「我が国は正しい」と思っているのと同じように、我々もそう思わされている可能性もあるんじゃないかと思うことがあります。

 

いずれにしても、いじめっ子の大半は「おとなしくてやり返してこない相手を選ぶ」という事実はあるので、これまで何が起きても「極めて遺憾だ」と問題を先送りしてきた事実がツケとして回ってきたという考えは間違いないでしょう。